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中津市 福澤諭吉

大分見聞録 この記事は約 4 分で読めます。

◆蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。慶應義塾の創設者。天保五年十二月十二日(一八三五年一月十日)生まれ。明治三十四年(一九〇一年)一月二五日没(六六歳)

一般的に福澤諭吉と聞いて、連想することは、一万円札の肖像の人物であるということを除いて、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり」という序文で知られる「学問のすゝめ」(明治五年・一八七二年)の著作者であるということでしょう。

このことから福澤諭吉(以下福澤)は、幕末から明治初頭に輝かしく活躍した教育者であるというイメージが強いのですが、実際は様々な事蹟を持つ人物だったようです。

まずその出自を辿ると、天保五年(一八三五年)大坂の中津藩蔵屋敷で、下級武士「福澤百助」の次男として生まれました。一才半の時、父と死別し、母子六人で中津に帰郷。貧しくとも、学問に励み、少年時代は様々な漢書を読み漁り、十八歳の頃には漢学者の前座くらいは勤まるようになっていたそうです。 黒船来航の翌年、安政元年(一八五四年)十九歳の時、地理的に近いこともあり、蘭学を志して長崎に遊学します。翌年、兄の三之助のすすめで、大坂の緒方洪庵適塾に入門、そこで血の滲むような努力で蘭学を修得し、洪庵の信頼を得て適塾の塾長として、後輩の指導にあたりました。

黒船来航で蘭学熱が高まる江戸では中津藩もこの流れに乗り、蘭学を教えるようになっていました。その中で、福澤は、江戸の藩邸から呼ばれ、中津藩中屋敷に蘭学塾(慶応義塾の起源)を開きました。

いつしか福澤は高名な蘭学方医、桂川甫周の家に出入りするようになり見聞を広げるうち、蘭学だけでは事足りず、これからは世界を動かしている欧米列強から学ばねばならないことを悟りました。そのためには基本としての語学力(特に英語)と、様々な知識を蓄えねばならないということを痛感したのです。

そんな福澤にひとつの好機が訪れます。江戸幕府が日米修好通商条約締結に伴う使節団を派遣する事になりました。福澤が出入りしていた桂川家と、咸臨丸軍艦奉行木村摂津守が姻戚関係に合った事から、乗船を懇願。木村家用人として、万延元年(一八六〇)みごと咸臨丸で渡米を果たしました。

福澤は米国滞在中、日本との思想や民意を重んじる政治制度の違いに大きな衝撃を受けたようです。また、自分の英語が通じない事にも落胆していましたが、『華英通語』(中国語―英語辞典)を手に入れ翻訳した『増訂華英通語』を編纂。和英辞典が出版されるはるか前に偉業を成し遂げていたのです。

帰国後、福澤の高い能力を木村が評価し、幕府に推薦。外国方に雇われその後、幕府の直参に取り立てられ出世を果たします。  抜群の語学力を買われ、文久二年(一八六二年)遣欧使節団に随行。帰国後、慶応二年(一八六六年)この時の見聞をまとめ「西洋事情」を刊行しました。

慶応三年(一八六七年)福澤は二度目の渡米を果たすも、帰国後政局から身を引き、翌年江戸の蘭学塾を「慶応義塾」と定め、教育者としての道を邁進していきます。

この頃の日本は攘夷を叫ぶテロが横行。実際、福澤も何度か暗殺されそうになり、自伝「福翁自伝」にも綴られています。欧米でデモクラシーを見聞した福澤の目に、この状況はどう映ったでしょうか。

「学問のすゝめ」を発刊し、教育者としてのキャリアを結実させた福澤。その六六歳の生涯を閉じるまで、近代日本の基礎作りに奔走した福澤が、心のよりどころにしたものは一体なんだったのか…。折にふれ、考えてみるべきことなのかも知れません。

 

注釈 *1事蹟(じせき):事実の痕跡、事柄。  *2蔵屋敷(くらやしき):江戸時代に大名が年貢米や特産物を販売するために設置した倉庫兼邸住 居。 *3緒方洪庵:医師、蘭学者、天然痘治療に貢献。  4中屋敷:江戸時代、大名が上屋敷の控えとした屋敷。 *5外国方:(がいこくがた)幕末における江戸幕府の職名。外交を担当した奉行。 *6直参(じきさん):君主に直接仕える家臣  *7攘夷(じょうい):幕末の外国人排斥運動。排外主義。反幕勢力の支柱的思想。 写真キャプション」 福澤諭吉肖像 福澤諭吉旧居/福澤諭吉が幼少の頃、父が急死したため天保7年(1836)秋、母子共に大坂の中津藩蔵屋敷から藩地の中津に移る。当初は父が大坂赴任する前に住んでいた小さな家に住んだが、後に居所を現在の旧居とした。

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