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臼杵市 野上弥生子

大分見聞録 この記事は約 4 分で読めます。

◆女流作家。大分県臼杵市出身、明治一八年(一八八五)五月六日生まれ。昭和六十年(一九八五)三月三十日没。(享年九九歳)

野上弥生子(以下、弥生子)と聞けば、「秀吉と利休」という著書を連想する人が少なくないと思います。女流文学賞を受賞したほどの大作だけにタイトルは広く知られていると思われますが、いざ読むとなると数多ある歴史小説のように、ソファに寝転がって読めるほどの気楽さはないし、桃山文化や茶道に憧憬があるぐらいの構えでは、一気に弾き飛ばされてしまうほどの重厚さと鋭利さとを持っており、評論家筋には、読破するにはそれなりの労苦を強いられる作品だろうとも言われています。

ちなみに弥生子は他に、昭和初期の女性の生き方を描いた「真知子」をはじめ、第九回読売文学賞を受賞した「迷路」、食人というおぞましいテーマに向き合った「海神丸」、日本文学大賞を受賞した八七歳から十年をかけて執筆した遺作「森」など、我が国の文学史に燦然と輝く名作を数多く遺しています。女流作家として抜きん出た存在を示した弥生子。その作品の魅力は、教養の深さと広さ、慎ましさと情熱、そして深い愛情から滲み出たものであり、それは、作品の登場人物一人一人への丁寧で細部まで神経が行き届いた緻密な描写、さらに気品漂う文体にうかがい知ることができると言われています。

また、そんな弥生子の人となりを語るエピソードがこの紙面上では書き切れない程あるようです。  弥生子は明治一八年、現小手川酒造三代目、角三郎の長女として臼杵に生まれ、一五歳で単身上京、明治女学校に入学。そこで同郷の東京帝国大学生であった野上豊一郎と交際、卒業後結婚しました。

夏目漱石の門下であった夫の紹介で夏目漱石の指導を受けて小説を書き始め、「ホトトギス」に「縁」を掲載し作家デビュー。以後、九九歳で逝去するまで現役作家として活躍しましたが、小説の執筆のみならず翻訳も数多く手掛け、二八歳の時、三人の子育てをしながら「ギリシャローマ神話」を翻訳。家事に追われる多忙な毎日の中で偉業を成し遂げたことに、夏目漱石が賛辞を送っています。家庭を大切にし、なお作家活動に情熱を燃やす…。旺盛な知識欲と、類いまれな集中力。そして強靭な精神力と深い愛情、優しさに溢れた女性であったことが偲ばれます。  弥生子は昭和一二年の新春の新聞紙上に「今年は戦争が起こらぬ事を神に祈る」と記しましたが、その七月、支那事変が勃発。

また、このように我が国が戦争に傾いていく流れを批判的に描いた「黒い行列」(後に加筆、《迷路》に発展する)を翌年発表。敗戦後もルーズベルト婦人との対談で、占領軍の基地の多さを批判するなど、戦前から戦後まで反戦思想を貫きました。しかし弥生子は政治活動に傾倒することもなく、黙々と執筆を続けました。ここにも一貫して文学と家庭を大切にする姿勢がうかがわれます。

法政大学総長であった夫、豊一郎が急逝した昭和二五年、弥生子は、法政大学女子高校の前身、法政大学潤光女子中・高等学校の名誉校長に迎えられました。そこで生徒に「女性である前にまず人間であれ」という意味深い言葉を述べましたが、これは現在でも同校に受け継がれているそうです。

数々の受賞にも喜びはするものの、驕ることなく地位も権力も望まず、文学にひたすら真摯に取り組む強固な意思と集中力。その結果、紡ぎ出された比類なき端正な文体と緻密な構成、そして人間洞察。  優しく穏やかな肖像の眼差しの奥に秘められた静謐にして、苛烈な野上弥生子という生き方…。

熱いお灸をすえられたような気持 ちになったのは、はたして私だけでしょうか。

 

写真キャプション ■野上弥生子文学記念館:生家(小手川酒造)の一部を文学記念館として開館。館内では少女時代の勉強部屋も見学できるほか、逝去の直前まで執筆に使用されていた弥生子愛用の品々、夏目漱石から弥生子に宛てた手紙など、遺品約200点を展示、公開している。

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